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ブラッドホームへリターン 3 三角みづ紀 

 <3>


  あらかじめ感情を持ち合わせていないお前が、どうしてその場所にとどまっているのかを知りたい。今日も白く染まった鳥たちがお前のまわりを旋回し、無機質でかためられたあまりに大きすぎるお前が白く染まった鳥たちに囲まれお前の姿を見失う。けれど、お前がその手を柔らかくさしだそうとしても触れられない。距離。
触れない、触れられない、それでも触れたい。
  その幻想的な光景が、脈うち、お前は確かに生きているのだろう。自分の頚動脈に手をあててみる。脈、脈、脈。血はめぐってはいるが家庭の結び目なのだ。それでもこの糸はほつれてしまい、もう限界なのかもしれない。
 そんな幻想的な光景の背景で、ホテルやゲームセンターの明滅。距離。現実。お前は確かに生きている。あらかじめ感情を持ち合わせていないお前が、白く染まった鳥たちに手をさしのべるその意味がわからないまま、今日も帰宅する。夕景がころがりおちている。どこまでもころがりおちて、父さん、母さん、弟よ、もう無理かもしれない。

  母さんのあたたかい湯気で満ち溢れた食卓にはもう向かえない。裏切ってしまうということ。
部屋にこもる。たてこもる。もう、そろそろいいのではないか。ほつれた糸を編みなおそうとも十年すぎてしまった。階下では、弟が暴れて母さんが泣く。その感情と余韻がこの部屋まで流出し、もうやめてください。
  耕運機のもとへ、そっと歩み寄った。音も立てずに回転し、母さんの潤滑油により砂に美しい模様を残していく。父さんはそうやって息をつぐ。
生きて、ください。

  十月二十四日。風呂場にて。メモ。
限界だ限界だもう無理だどれだけ編みこもうとも、このほつれた糸はどうしたって脆い。もう無理だ限界だ、自分はお前とはちがう、感情も持ち合わせているし笑うし泣くし怒りも焦燥も持ち合わせてしまっているのだ。
  父さん、母さん、弟よ、自分はもう結び目にはなれません。
浴室は後悔の旅だ。四十度の波が、からだを動かすたびに輪になり、それは年輪なのであるから。生きて、います。
 
  メモを自ら湯船にひたし、ふやかし、ゼリーが前提であるのか文学が前提であるのか、あらかじめ感情を持ち合わせていないお前に執着している自分。ごく冷静にバスタオルでからだの汗や水滴を吸収させ、ごく冷静に必要のないドライヤーで短い髪を乾かす。
  再び、耕運機のもとへ歩み寄る。父さんは静かに生きていた。滞ってしまった時間、耕運機は延命で、弟は成長を放棄して母さんは再構築する。

  置いていかれているのは自分であるのか。耕運機になってしまった父さん。十年間としをとらない弟。再構築する母さんはそれでも必死で、それらひとつひとつの歪な時計を結ぶ糸が自分であるということ。父さんも母さんも弟も歪ではあるが同じリズムで、秒針を、刻み、そのバイタルサインは自分のリズムとは違い、あらかじめ感情を持ち合わせていないお前に、なりたかった。

  母さんのお裁縫のための鋏を気づかれぬようにリビングから寝室へと運ぶ階段はひどく大きな音をたてた。
気づいて、ください。

  そうして、結び目であるそのほつれた糸を躊躇なく切断したのだった。


三角みづ紀+小笠真-3


<4>へつづく

三角みづ紀「幸せのカタチ」

幸せのカタチ
発行所=ふきのとう書房
発売所=星雲社
三角みづ紀
1,260円(本体1,200円+税)
2007年1月
判型  A5
ISBN  9784434087424

◆文◆
三角みづ紀
1981年鹿児島県出身。23歳で現代詩手帖賞受賞。処女詩集「オウバアキル」で中原中也賞受賞。第二詩集「カナシヤル」で歴程新鋭賞、南日本文学賞受賞。第三詩集「錯覚しなければ」を今年5月に刊行。詩作の他、小説執筆や映画監督、朗読パフォーマンスなどもおこなっています。

 http://blog.m.livedoor.jp/misukimiduki/index.cgi

◆挿し絵◆
小笠真
http://oga.main.jp/
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ブラッドホームへリターン 2 三角みづ紀 

<2>

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  十月十九日。風呂場にて。メモ。
  なぜ弟は十年も十歳のままか。なせ暴れるのか。耕運機の回転に至る過程。再構築されていく母さんの食卓。なぜ自分はそれらに関与できないのか。
  浴室は航海の旅だ。四十度の波が、からだを動かすたびに輪になる。てのひらをなるべく平らにして、表面にあてると波はゼリーになる。ゼリーの表面を撫で、メモ帳は湿ってうねうねとふやけていき、文字は読めなくなろうとも浴室でのメモに書かれる内容はいつも同じだから何一つこまることなんてない。自分がこの家庭のほつれてはいるが結び目だということ。

ただしくあるために短い髪に必要のないドライヤーをあてていると、母さんが洗面台に駆け込んできた。
「父さんのしゃっくりが止まらないのよ」
母さんが顔面蒼白で、息もたえだえだ。ドライヤーを無造作に洗濯機の上に置き、一緒に耕運機のもとへ急ぐ。耕運機は回転してはいるが、くっ、くっと軋んでいた。弟が泣きながら耕運機を磨いている。くっ、くっと、うっ、うっの嗚咽が重なり、この家庭だけが曇天につつまれた。それらのなかでも雲は青いだろうか。ネオンが明滅しているだろうか。
  額に汗をにじませた母さんが先生に電話をかけ、延命やバイタルサインなどの言葉が飛び交い、今夜はとても賑やか。早々に布団にもぐりこむが毛布を突き破ってまで弟の奏でる不協和音が枕を湿らす。弟も母さんも先生も眠れない。自分だけがまどろい、あらかじめ感情を持ち合わせていないお前が白く染まった鳥たちに手を差し伸べている夢をみた。

  あらかじめ失っていることと後天的に失ってしまったことの差異は大きい。自分がお前であったなら、どんなに良かっただろう。けれどもお前にはお前の苦しみがあるのかもしれない。しれないが、あらかじめ感情を持ち合わせていないお前には苦しみはない。淋しい。この淋しさはかみさまからの贈り物であるかもしれない。耕運機の模様は年輪で‘DNAであり、それが弟だけ止まり、追い越してしまった自分の居場所が、くまなく果てまで見渡してもどこにもみつからない。

  密閉されたお姫様の話をしましょうか。その王国は豊かで国民は飢えることなく安穏と暮らしている。けれども肝心なお姫様だけが密閉され、身動きがとれない。すこしづつのびていくみつあみがさらに範囲を狭くして、お姫様はとてもみじめな気持ちになり、毎夜毎夜流すなみだの温かさと水分で、また朝をむかえるのです。

  発車ベルの速度の目覚ましで目をさます。けだるい。母さんのあたたかい食卓の湯気がこの部屋までいきとどき、放置されたドライヤーも決められた場所におさまり、耕運機は静かに回転しながら美しい模様を残している。
  今朝はオムレツにフランスパンでそれを受け止められずに弟が暴れて母さんが泣く。それらの光景を眺めながら、かたちを無くした母さんのオムレツを食べる。朝だ。

  お元気ですか。問いたい。通学路に昔からかまえるタバコ屋さんのおばさんや八百屋のおじさん、それすらもこえて今この瞬間、呼吸している全人類に問いたい。生きて、ますか。無差別に問うて、回答をグラフにして、バイタルサインを描いて、証明したい。生きて、いること。そう願う自分はまだ産まれてもいないのかもしれないが、ほつれた糸のようなかたちをしている。脆い。


<3>へつづく

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カナシヤル
新しい詩人 04 
発行所=思潮社
三角みづ紀
1,995円(本体1,900円+税)
2006年10月
判型  A5
ISBN  9784783721635

◆文◆
三角みづ紀
1981年鹿児島県出身。23歳で現代詩手帖賞受賞。処女詩集「オウバアキル」で中原中也賞受賞。第二詩集「カナシヤル」で歴程新鋭賞、南日本文学賞受賞。第三詩集「錯覚しなければ」を今年5月に刊行。詩作の他、小説執筆や映画監督、朗読パフォーマンスなどもおこなっています。
 http://blog.m.livedoor.jp/misukimiduki/index.cgi

◆挿し絵◆
小笠真
http://oga.main.jp/

ブラッドホームヘリターン 1 三角みづ紀 

<1>

  あらかじめ感情を持ち合わせていないお前が白く染まった鳥たちに手をさしのべる、その意味について考えている。
  無機質でかためられたあまりに大きすぎるそのからだからさしだされる指先と白く染まった鳥たちとの距離はごくわずかで、鳥たちは教会にて舞う白布のように漂い、皆はそのすがたを見ながらきれいねって呟くけれど、お前の柔らかく伸びた指先の意味について考え、とてつもなく淋しい。

  お空がグレーがかり、浮かぶ雲は青の深みを増していく夕方。現実のものではないような夕景から視線がそらせず、それでもその間際で明滅する電器屋やカード会社の看板のネオン。距離。こんなお空は産まれてはじめて見たとおもうがもしかしたら自分はまだ産まれてもいないのかもしれない。
  奇怪でみみざわりなメロディが夕飯時を告げ、帰宅をうながす。あらかじめ感情を持ち合わせていないお前が白く染まった鳥たちに手を差し伸べる、その意味がわからぬまま今日も帰宅する。

  この家庭では無機質な耕運機が回転しながら砂に美しい模様を音もたてずに残していく。まるでそこに存在しないかのように静かに回転し、母さんと弟がそれを見ながら
「父さん今日もがんばっているね」
と、笑う。母さんは定期的に耕運機の細部にすべらかな潤滑油を注す。そうやって父さんは毎秒毎分毎時間毎日、砂に美しい模様を残していく。脈、脈、脈。耕運機の残していく美しい模様は回転のたびにぬりかえられ、それがこの家庭の過程であるとおもう。
  生きて、ください。

  玄関のドアをあけると、母さんのあたたかい食卓の湯気で家庭が満たされ、弟が暴れて母さんが泣く。生きるためのただしい食事やそれを受け止めるための食器、それらを受け止めきれずに弟は暴れる。そうやって暴れる過程を母さんは見守り、あらゆる残骸を冷静にただし、翌朝また家庭はあたたかい湯気で満たされ、弟が暴れて母さんが泣く。そしてまた再構築されていく只中で、耕運機は音も立てずに回転し、母さんが潤滑油を注し、あらかじめ感情を持ち合わせていないお前が白く染まった鳥たちに手を差し伸べるその意味について考えている。

  弟はもう十年も十歳のままだ。十年間、としもとらずにピアノを弾いている。そのメロディもとしをとらず不可解な音階を奏で、とうに追い越してしまったから弟が兄だったのかはじめから弟だったのかもはやわからなくなってしまった。
  弟は十年も小学四年生で、同じ教室に通い同じ席に座っている。春になれば教室の生徒たちはうつりかわり、劣化した書道の文字もはりかえられ、真夏のプールも雪の日に校庭ではしりまわる生徒たちも無関係で弟は、同じ席に座っている。牛乳に消しゴムがはいっていても上履きに画鋲がしかけられていたとしても無関係で、あたたかい湯気で満たされた家庭で、弟が暴れて母さんが泣く。耕運機はうつくしい模様を残し続け、潤滑油を注す母さんのすがた。

  今朝も弟は同じ教室に向かう。母さんにみおくられながら制服でいってきますいってらっしゃいを交わし、いつものようにふたりで手をつないで通学路を漂い、学校とは真逆の歩道に自分だけはじかれ、あらかじめ感情を持ち合わせていないお前のもとへ向かう。
  生きて、ください。

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 <2>ヘつづく

*  

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オウバアキル
発行所=思潮社 
三角みづ紀 
1,890円(本体1,800円+税) 
2004年10月 
B6 
9784783719571

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第10回中原中也賞受賞作品

◆文◆
三角みづ紀
1981年鹿児島県出身。23歳で現代詩手帖賞受賞。処女詩集「オウバアキル」で中原中也賞受賞。第二詩集「カナシヤル」で歴程新鋭賞、南日本文学賞受賞。第三詩集「錯覚しなければ」を今年5月に刊行。詩作の他、小説執筆や映画監督、朗読パフォーマンスなどもおこなっています。
 http://blog.m.livedoor.jp/misukimiduki/index.cgi

◆挿し絵◆
小笠真
http://oga.main.jp/