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ダーティ工藤の映画的生活 2 ダーティ工藤 

いよいよ今年で二年目「ミシュランガイド東京2009」発売にあやかりまして、ミシュランタイヤのお膝元フランス映画ベスト10の発表です。

第10位*

<シャブロルの女たち>
『気のいい女たち』 (60・仏)モノクロ 93分
Les bonnes femmes

(監督・脚本)クロード・シャブロル
(脚本)ポール・ジェゴフ
(撮影)アンリ・ドカ
(撮影助手)ジャン・ラビエ
(音楽)ポール・ミスラキ、ピエール・ジャンセン
(美術)ジャック・メリ
(助監督)シャルル・ビッチ
(製作)ロベルト&レイモンド・アキム

(出演)ベルナデット・ラフォン、ステファーヌ・オードラン、クロチルド・ジョアーノ、ルシール・サン=シモン、クロード・ベリ、マリオ・ダヴィッド、クロード・シャブロル、ジェニー・ドリア、チャールズ・ベイヤード、チャールズ・ベルモント、リリアン・デイヴィッド、シモーネ・ランドリー、ラズロ・サボ

(評)パリの電気店に勤める四人の女たち(ベルナデット・ラフォン、ステファーヌ・オードラン、クロチルド・ジョアーノ、ルシール・サン=シモン)の様々なエピソードをノンシャランに描いたヌーベル・ヴァーグ全盛時代の一篇。まず冒頭からヌーベル・ヴァーグの御用キャメラマンともいうべきアンリ・ドカによるパリのナイトロケーションが大都会の息吹を見事に活写し、観客の気分をいやが上にも高揚させてくれる。また実際の動物園や巨大室内プールでの乱痴気騒ぎのシーンでも、ドカのキャメラがロケ効果を良く生かしている。シャブロルの演出もそれぞれ性格も考え方も違う四人の女たちを手際よく色分けし、各々の空間で自由に遊ばせているかのような鮮やかさを感じさせる。特にクロチルド・ジョアーノ扮する夢見る娘が、理想の王子様ともいうべき彼氏(マリオ・ダヴィッド)を見つけるが、幸福に浸る間もなく悲劇の結末を迎えるというエピソードは、それまでのノンシャランな展開に甘えてきた観客に目覚まし的な印象を残すに十分である。犯罪者の二面性は前作『二重の鍵』(59)でも描かれていたが、後年シャブロル映画でよく観られる明確な理由を示さぬ素っ気無い殺人は、この作品に萌芽が伺える。蛇足とも思えるエピローグも、妙な余韻を残して悪くない。初期のシャブロル作品の代表作として、もっと評価されるべきである。劇中にセクシーな歌と踊りを披露するステファーヌ・オードランが、四人の中でも一番キレイに撮られているのは後にシャブロル夫人となる所以か。

(点)70点


第9位**


<女版『いとこ同志』>
『女鹿』 (66・仏、伊)カラー 99分
Les Biches

(監督・脚本)クロード・シャブロル
(脚本)ポール・ジェゴフ
(撮影)ジャン・ラビエ
(音楽)ピエール・ジャンセン
(編集)ジャック・ガイヤール
(美術)マルク・ベルティエ
(録音)ギ・シシヌー
(助監督)クロード・バッカ
(製作)アンドレ・ジェノーヴェ

(出演)ジャン=ルイ・トランティニヤン、ジャクリーヌ・ササール、ステファーヌ・オードラン、ナーヌ・ジェルモン、ドミニク・ザルディ、アンリ・アタル、クロード・シャブロル

(評)「商業主義に魂を売った裏切り者」とヌベール・ヴァーグの同志などから公然と批判されていたシャブロルを、再び映画作家として復帰させるターニング・ポイントとなった作品。父の莫大な遺産を相続したフレデリック(オードラン)は、パリの街角で、地面に女鹿の画を描く娘ホワイ(ササール)を拾う。控えめで慎ましいホワイを気に入ったフレデリックは、自分の別荘に住ませる。ある日、別荘にフレデリックの恋人の一人であるポール(トランティニヤン)がやってくる。ホワイはポールにひかれるが、それを知ったフレデリックは彼と結婚すると言い出す・・・。あらすじを読んでも察せられるように、これはシャブロルの『いとこ同志』(58)の男女の関係が入れ替えられたものである。シャブロルはあるインタビューで、「男よりも女の方が、より複雑な心理を描ける」というようなことを語っていたが、そういう意味で、男女を入れ替えた人間関係というのは、この作品が成功した大きな要因となっている。当時はまだセックスに対する規制が厳しかったが、ササールが二人のセックスを覗き見しながらオナニーをするシーンや、オードランとササールのレズシーンなどは、三人の人間関係をより深め、より歪めさせる起爆装置とも言うべきリスキーな魅力に満ちている。オードランが気まぐれで傲慢でセクシーなブルジョワ女を余裕たっぷりに演じて申し分なくシャブロル映画のヒロインの座を確立した。オードランはこの映画でベルリン映画祭の女優賞を獲得した。一方、イタリアの青春スターとして大人気だったササールも、愛と憎しみを内包した難しい役どころを見事に演じ切ったのも印象に残る。
(点)70点


第8位***

<ミムジー・ファーマーの魅力>
『ポケットの愛』 (77・仏)カラー 92分
L'amant de poche

(監督・脚色)ベルナール・クイザンヌ
(脚色)ピエール・ペルグリ
(原作)ボルデマール・レスティエンヌ
(撮影)アラン・ルヴァン
(音楽)ローラン・プティ・ラール
(製作)クリスチーヌ・グーズ・レナル

(出演)ミムジー・ファーマー、パスカル・セリエ、セルジュ・ソーヴォイオン、アンドレア・フェレオル、ベルナール・フレッソン、マドレーヌ・ロバンソン、ステファン・ジョベール、エヴァ・イオネスコ、パスカル・オードレ、ロベール・オッセン

(評)三十路に近い高級娼婦が、ちょっとした遊びのつもりで付き合った15歳の少年とお互い本当に愛し合ってしまうという、『個人教授』(68)や『青い体験』(73)など少年が年上の女性に恋するというメロドラマの一つのパターンを踏襲した作品である。この手の作品は、ややもすると少年が世間知らずをいいことに愛のために周りの迷惑を顧みずに暴走するパターンが、何気に鼻につくのだが、本作の少年役パスカル・セリエは、少年独特の中性的魅了と共に妙に憎めない愛嬌があり、映画を観やすいものにしている。しかし何と言っても実年齢に近い三十路の高級娼婦を演じるミムジー・ファーマーが、とってもキュートでセクシーで、少年ならずともメロメロになってしまうカワイイ女性の魅力に満ちていてステキだ。少年とのベッドシーンも必要以上に生々しくならないのは、彼女のどこか寂しげな佇まいのせいだろう。ラスト近く断腸の思いで少年との別れを決意し、彼の父親に電話をするシーンは、彼女の少年に対するピュアな感情が良く出た好シーンである。彼女はあまり作品に恵まれたとは言えないが、デビュー当時の『スペンサーの山』(63)、ルクセンブルク映画『モア』(69)、そして本作が代表作であろう。他の出演者では、セルジュ・ソーヴォイオンが、息子の純な気持ちを受け止める粋な父親役を好演し、彼と少年が気持ちを通じ合うラストシーンは、とても後味のいいものとなった。『河は呼んでいる』(58)では、瑞々しい少女だったパスカル・オードレイが、アパートの隣に住むおばさん役で出演しているのだが、別人かと思えるほど年をとってしまっていて、歳月の残酷さに驚かされる。彼女の娘役で、ロリータ映画の金字塔『思春の森』(77)に主演したエヴァ・イオネスコが出演しているのも、その手のファンには興味深いだろう。映画史の中では人知れず埋もれていくような地味な作品だが、演出もちょっぴりセンスがあり、役者渋めながらつぶが揃っていて、ちょっとした拾い物をした気分になれる。
(点)70点


第7位****

<イザベル・ユペールの存在感>
『主婦マリーがしたこと』 (88・仏)カラー 110分
Une Affaire de femmes

(監督・脚本・台詞)クロード・シャブロル
(脚本・台詞)コロ・ダヴェルニエ・オヘイガン
(撮影)ジャン・ラビエ
(音楽)マチュー・シャブロル
(編集)モニク・ファルドゥリス
(製作)マリン・カルミッツ

(出演)イザベル・ユペール、フランソワ・グリュゼ、マリー・トランティニアン、ニルス・タヴェルニエ、ドミニク・ブラン、マリー・ブネル、ロリータ・シャマ、オーロール・ゴーヴァン、ギヨーム・フートリエ、ニコラ・フートリエ、エヴェリーヌ、ディディ、ヴァンサン・ゴーティエ

(評)第二次世界大戦中、ドイツの占領下にあったペタン政権時代(ヴィシーに本部があったためヴィシー政権時代とも呼ばれた。ちなみにシャブロルは93年に『ヴィシーの眼』というドキュメンタリー映画を監督している。)に堕胎罪でギロチン刑に処せられた最後の女性マリーの半生が、シャブロルらしい乾いたタッチで描かれる。実話がベースとなっているので、通常のシャブロル作品ならメインとなるべき夫婦の危険な関係、すなわち本作品での図らずも髪結いの亭主となった夫と、若い男と乳くりあう妻マリーとのねじれた関係も、ストーリーの展開上、比較的簡潔に描かれ物足りなさを感じるのは否めない。無理な堕胎をして死んでしまう子だくさんの若妻のエピソードもマリーとは、さほどヘビーにからんでこない。おそらくシャブロルは今回、占領時代とその時代に流され続けた女を描きたかったのだろう。そのためにいつもと違い、ストーリーの流れを重視し、ドラマチックなエピソードに必要以上に寄り道することを避けたのだ。シャブロルは、敬愛するヒッチコック同様、自作の中に社会性や思想性を持ち込まないことを信条にしているのだが、占領時代を自分自身の原体験として、『ヴィシーの眼』と共に、ある種のけじめをつけておきたかったのかもしれない。そんな訳でシャブロルファンとしては、多少不満の残る内容なのだが、主人公マリーを存在感十分に演じたイザベル・ユペールが相変わらず素晴らしく作品を説得力あるものにしている。ヴェネチア映画祭の女優賞受賞も異議なしだ。
(点)70点


第6位*****

<毛のあるミシェル・ブーケ>
『不貞の女』 (68・仏、伊)カラー 98分
La femme infidele

(監督・脚本)クロード・シャブロル
(撮影)ジャン・ラビエ
(音楽)ピエール・ジャンセン
(美術)ガイ・リティ
(編集)ジャック・ゲイラード
(助監督)ジャン=フランシス・デトレ

(出演)ステファーヌ・オードラン、ミシェル・ブーケ、モーリス・ロネ、セルジュ・ベント、ガイ・マレー

(評)61年の『悪意の眼』に始まるオードラン主演の<エレーヌもの>の第二作。7年もの間があいているのは、『悪意の眼』の興行的な大失敗によりプロデューサーへの信頼回復に、いささか時間がかかったせいである。この間に撮ったスパイアクション『虎は新鮮な肉を好む』(64)、『ジャガーの眼』『スーパータイガー黄金作戦』(以上65)は、大ヒットを記録し、おかげでシャブロルもようやく撮りたいものが撮れるようになった。オードラン主演の<エレーヌもの>は、全部で5作品あり(『悪意の眼』『不貞の女』『肉屋』『破局』『一寸先は闇』)、シャブロルも油がのり切っていた頃でいずれも力作、秀作揃いである。本作ほその中でも、『肉屋』と並ぶシャブロルの代表作である。物語は、幸せそうなブルジョワ家庭の団欒風景から始まる。よく手入れの行き届いた庭のテーブルで、夫シャルル(ブーケ)は、妻エレーヌ(オードラン)の肩に仲むつまじく手をまわし、息子はシャルルの母親と楽しげに話している。ソフトフォーカスで撮られた絵に描いたような幸福が、次第に砂上の楼閣のように崩れ出すのにそう時間はかからない。シャルルはふとした偶然から、妻エレーヌの不貞を知る。シャルルはエレーヌを尾行し、相手の男ビクター(ロネ)のマンションをつきとめる。シャルルは勇気をふるってビクターを訪ねるが、人のいいシャルルは何となくまるめ込まれてしまう。しかし、シャルルが何気にテーブルを見ると、結婚記念日に妻から送られたはずの大きなライターが、無造作に置かれていた。その瞬間、シャルルはそのライターで、ビクターを殴り殺していた。何となく丸め込まれて帰りかけていたシャルルが、自分と妻との愛の証と信じていた記念のライターが、こともあろうに愛人のもになっていた時の驚きと怒りが、シャブロルの衝撃的かつ的確な演出により見事に表現された名シーンである。ミシェル・ブーケの演技があまりに自然なので、観客は彼の突然の怒りに強い衝撃を受ける。その後、シャルルが床に流れた血を拭き取り、死体を車に積み、森の沼に沈めるまでがドキュメンタリーのように、つぶさに撮り続けられ、観客はあたかもこの犯罪に加担しているかのような錯覚に陥る。こうなるともうシャルルの一挙手一投足から一瞬たりとも眼が離せなくなってしまう。この後、エレーヌは夫が殺したことに気付くが、表面上とはいえ幸福な家庭を自ら壊すことは出来ない。しかし捜査の手が伸びシャルルは逮捕される。ここでは、劇的な演出は排除され、ロングショットで連行されるシャルルをエレーヌが、静かに見送る。シャルルとエレーヌの果てしない空虚感が、ある種の余韻として観るものの心に強く迫って来て映画は終わる。エレーヌ役のオードランが揺れ動く妻の心理をシャブロル好みのクールな演技で見事に演じるが、今回はシャルル役のミシェル・ブーケがさらに素晴らしい。妻と愛人が逢引中のマンション前で、雨に濡れそびれながらジーッと待っているシーンでみせたように、みじめったらしさと真摯さを微妙に兼ね合わせた演技が非常に印象的だ。こういう微妙な演技が出来るのは、日本だと故小池朝雄ぐらいしか見当たらない。ブーケとオードランは、この後『一寸先は闇』でも夫婦を演じた。この作品がシャブロルのオリジナルシナリオというのも、シャブロル色が強く出た所以だろう。ちなみにリチャード・ギア、ダイアン・レイン主演『運命の女』(02・監督エイドリアン・ライン)は、シャブロルのオリジナルシナリオをかなり大幅に書き直したリメイク作品である。シャブロルファンとしては、別物として観てもらったほうがいいかもしれない。

(点)75点


第5位******

<殺人と純愛>
『肉屋』 (69・仏、伊)カラー 95分
Le boucher

(監督・脚本・台詞)クロード・シャブロル
(撮影)ジャン・ラビエ
(音楽)ピエール・ジャンセン
(編集)ジャック・ガイヤール
(美術)ギ・リタイエ
(録音)ギ・シシヌー
(助監督)ピエール・ゴーシェ、ミシェル・デュピュイ
(製作)アンドレ・ジェノーヴ

(出演)ステファーヌ・オードラン、ジャン・ヤンヌ、ロジェ・ルデル、マリオ・べカリア、ウイリアム・ゲロー、アントニオ・バッサリア、パスカル・フェローヌ

(評)シャブロルの妻ステファーヌ・オードランにエレーヌという役名を冠したいわゆる<エレーヌ物>と呼ばれる作品群の一篇。舞台はシャブロル映画では定番となったフランスの片田舎。肉屋としてまじめに働く中年男ポポール(ヤンヌ)は、村をあげての結婚式で女教師エレーヌ(オードラン)と知り合い好意を抱き、エレーヌもまじめで誠実そうなポポールに好感を持つ。結婚式から始まるオープニングは、同じく農夫の結婚式から始まるアルフレッド・ヒッチコックの『農夫の妻』(28)へのシャブロルらしいマニアックなオマージュだろう。ハムを切るナイフの何気ない荒々しさは、これから起こる惨劇を予告させる。エレーヌとポポールは不器用ながら次第に親しさを増して行くが、ポポールはアルジェリアとインドシナで激戦を経験してきた帰還兵で、陰では殺人の衝動を抑え切れず猟奇殺人を繰り返していた。この辺は、アメリカのベトナム戦争の帰還兵とも通ずる痛切さがある。シャブロルは、直接的な殺人描写を極力抑え、間接描写で恐怖をさらに盛り上げてゆく。たとえばエレーヌが子供を引率しピクニックにでかけ、少女のほうばるサンドイッチにケチャップならぬ赤い血をしたたらせ、崖の上に横たわる惨殺死体を発見するシーンなどがいい例である。殺人と共にこの作品を貫くもう一つの柱は、ポポールのエレーヌに対するグロテスクなまでの純愛である。終盤、エレーヌが瀕死の重傷を負ったポポールを車に乗せて病院に向かう途中、ポポールはエレーヌに対する愛を切々と語りだす。ヘッドライトに不気味に照らし出された並木が、二人の絶望的な愛の行方を暗示しているかのようだ。この終盤の長いシーンを二人の表情とヘッドライトに照らされる並木だけで描き切ったシャブロルの並々ならぬ演出力には驚嘆させられる。ラストで広がる空虚感は、シャブロル映画の醍醐味である。シャブロルファンならずとも押さえておきたい秀作である。
(点)75点


第4位*******

<ロートネルの男盛り>
『女王陛下のダイナマイト』 (66・仏)カラー 90分
Ne Nous Fachons Pas

(監督・脚色)ジョルジュ・ロートネル
(原案・台詞)ミシェル・オーディアール
(脚色)マルセル・ジュリアン、ジャン・マルサン
(撮影)モーリス・フェレー
(音楽)ベルナール・ジェラール
(美術)ジャン・マンドロクス
(録音)ルイス・ホチット
(編集)ミシェル・ディヴィス
(スタント)ギル・デラマレ
(助監督)クロード・ヴィタール
(製作)ロジェ・ドゥベルマ

(出演)リノ・ヴァンチュラ、ミレーユ・ダルク、ミシェル・コンスタンタン、ルフェーブル(ジャン・ルフェーブル)、トミー・デュガン、シルヴィア・ソレント、シェリー・シボウド、マルセル・バーニア、マイク・べッソン、フランス・ラミレイ、アンドレ・ボッシィ、ロベルト・ダルバン、ジャック・ザボア、セルジュ・ソーヴィオン、フィリップ・キャステリ、ガイ・ヘンリー、ジューン・パニス、ジャック・リチャード

(評)ジョルジュ・ロートネルという監督は、コメデイ、メロドラマ、アクションと何でもござれの職人監督だが、ミレーユ・ダルクをフューチャーしていた時代が、最も油が乗り切っており、中でも『牝猫と現金』(67)、『狼どもの報酬』(72)などのコメディ・アクションが快調で、本作はその中でもずば抜けた面白さを持っている。リノ・ヴァンチュラ扮する元やくざで今はかたぎのボート屋が、ソビエトからフランスに輸送される金塊を強奪しようとするイギリスの強盗団(イギリス団)の計画を知り、彼らから命を狙われるというストーリーはシンプルだが、ひとひねりしたキャラクター設定、つぼを押えたキャスティングとメリハリのきいた演出が作品を大化けさせている。ヴァンチュラたちの命を狙うイギリス団のボスは大佐と呼ばれるエリザベス女王を信奉する男で、これはイギリス軍人のフランス風カリカチュアが面白い。さらに面白いのは大佐の部下たちで、全員が当時流行のビートルズもどきのモッズルックの若者たちで、数十台の赤いモーターサイクルを連ねて移動し、時と場所を問わず爆弾で攻撃を加える。いわば彼らは当時の今時の若者で、彼らがヴァンチュラ、コンスタンタンという昔かたぎのおっさんと戦うという対比がいい。爆弾で攻撃を受けてもかたぎになったんだからと、ジーッと耐える二人が、遂には家を爆弾で吹っ飛ばされて、ドリフターズのコントのように爆後ぼろぼろになりながらも、まだジーッと耐えているというシーンは、ヴァンチュラとコンスタンタンが、鬼瓦のような顔で真剣にやっているのがたまらなくおかしい。この後、とうとう堪忍袋の緒が切れた二人は、目には目をとばかりに、爆弾で逆襲を開始するのだが、その手口がばかばかしくて面白い。まず遊園地でスロットルをやっている団員、スロットルが揃った瞬間ドカーン、エレキサウンドで踊る団員が、道端の綺麗な花を摘もうとしてドカーン、車が赤信号で停車するとドカーン、青信号に変わると車輪だけが走って来る。特に大がかりなのは、高い大きな橋を爆弾で盛大に吹っ飛ばし煙が晴れると、一味の車が一つだけ残った橋脚の上にポツンと残されていて、やがて盛大に崩れ落ちる。ここは空撮を駆使し、スペクタクルなスラプステック・コメディの醍醐味を見せてくれる。最後に生き残った大佐をゴルフ場で吹っ飛ばすくだりも、ヴァンチュラ、コンスタンタンそしてデュガンの三人が飄々とした芝居で、とぼけた味を出している。ミレーユ・ダルクは、どちらかといえば、狂言回し的な役どころだが、男勝りにやたらでしゃばる昨今のヒロインにはあまり見られない控えめな感じが、この男盛りの映画のいい隠し味になっている。
(点)75点



第3位********

 <メルヴィルの最高傑作>
『いぬ』 (62・仏、伊)モノクロ 108分
Le Doulos

(監督・脚本・台詞)ジャン=ピエール・メルヴィル
(原作)ピエール・ルズー
(撮影)ニコラ・エイエ
(音楽)ポール・ミスラキ
(編集)モニク・ボノ
(助監督)フォルカー・シュレンドルフ、シャルル・ビッチ
(製作)カルロ・ポンティ

(出演)ジャン=ポール・ベルモンド、セルジュ・レジアニ、ジャン・ドサイー、ミシェル・ピッコリ、ファビアンヌ・ダリ、モニーク・エネシー、ルネ・ルフェーヴル、エメ・ド・マルシュ、カルル・スチューター、ポーレット・ブリ、フイリップ・ナオン、アンドレ、フォルカー・シュレンドルフ、ドミニク・ザルディ

(評)原題は”帽子”という意味だが、俗語で”いぬ(密告者)”の意味もあるので、邦題の方がしっくりくる感じだ。どちらかというとスタイルを重視した撮り方なので、ミステリー仕立のストーリーは、いささか説明不足で1回観ただけでは、簡単には理解できないかもしれない。だが、そんな寡黙な語り口が、この作品の魅力でもある。オープニング、ソフトをかぶりトレンチコートに両手を突っ込み思いつめた顔つきのモーリス(レジアニ)が、鉄橋下の歩道を黙々と歩く姿を長々ととらえた移動撮影が素晴らしく、早くもメルヴィルの世界に引き込まれてしまう。立ち止まったモーリスが一軒の家を見やると字幕が、インサートされる。”決断しなければならない。死ぬか、嘘をつくか・・・”。それから彼は、裏切り者のジルベール(ルフェーヴル)を射殺する。モーリスは、仲間のシリアン(ベルモンド)に金庫破りの道具を用意させ、情婦テレーズ(エネシー)に下調べさせた豪邸に、相棒のレミーと共に押し込む。だが、何故か計画は警察の知るところとなり、レミーは射殺されモーリスも被弾するが、何者かに救われる。モーリスは”いぬ(密告者)”が、シリアンだと確信し復讐を誓うが、居場所が警察にばれ逮捕される。この辺までは、モーリスが主人公となりストーリーが展開するが、彼の逮捕後はシリアンが主人公となり疑惑の行動を繰り広げる。終盤、釈放されたモーリスにシリアンが、ことの次第を説明し、全ての疑惑が解明される。 以後ネタバレ注意!! ”いぬ”だと思われていたシリアンは、実は男気あふれる男で、モーリスを警察の手から救うために行動していたのだ。モーリスの情婦テレーズを拷問し、事故死に見せかけて殺したのも、彼女が”いぬ”だったからだ。メルヴィルは、ここに至るまで細かい説明を極力はぶき何かに突き動かされるように黙々と行動する男たちの姿をクールに描き切ることによって、緊迫したフイルム・ノワールの世界を完成させている。ラストに至り、メルヴィルの美学は頂点に達する。雨の中帰宅したシリアンは、瀕死のモーリスを見つけ抱きかかえる。モーリス「ついたて・・・」。シリアンはついたての後に潜む刺客めがけて、銃弾をぶちこむが自らも被弾する。よろめく体で電話をかける。「フェビアンヌ・・・今夜はいかない」。そういうと鏡で帽子を直す。だが、次の瞬間力つき崩れ落ちる。被っていた帽子が、床に落ちて映画は終わる。帽子はメルヴィル映画の男たちにとって、ダンディズムの象徴であり、生きる証でもあるのだ。フイルム・ノワールの真髄が、メルヴィルが磨きあげたこの映画にはある。主人公シリアンを、ベルモンドがクールに好演し、『勝手にしやがれ』(59)と並ぶ初期の代表作とした。メルヴィルと組んだ未公開の『モラン神父』(61)と『フェルショー家の長男』(63)も是非観たいものだ。もう一人の主役と言っても過言ではないモーリスを、名脇役セルジュ・レジアニが独特の苦渋に満ちた表情で巧演し、作品を引き締めた。
(点)80点



第2位*********

<第二のデビュー作>
『二重の鍵』 (59・仏、伊)カラー 87分
A double tour

(監督)クロード・シャブロル
(脚色・台詞)ポール・ジェゴフ
(原作)スタンリー・エりン(「ニコラス街の鍵」より)
(撮影)アンリ・ドカ
(音楽)ポール・ミスラキ
(製作)ロベール&レイモン・アキム、ラルフ・ボーム

(出演)マドレーヌ・ロバンソン、ジャック・ダクミーヌ、アントネッラ・ルアルディ、ジャン=ポール・ベルモンド、ジャンヌ・ヴァレリー、アンドレ・ジョスラン、ベルナデット・ラフォン、ラズロ・サボ、マリオ・ダヴィッド、クロード・シャブロル

(評)『いとこ同士』(58)に続くシャブロルの監督第三作にして初のカラー作品。前二作品はオリジナルシナリオによる若者たち苦悩を極めてヌーベル・ヴァーグ的に描いた内容だったが、今回はアメリカの推理小説を映画化した本格的スリラーで、その後のシャブロル作品を思い起こせば第二のデビュー作といっても過言ではない重要な作品である。南仏プロヴァンスのブルジョア家庭が舞台となる。夫アンリ(ダクミーヌ)は、近くに住む若く美しいレダ(ルアルディ)とデキてしまい妻テレーズ(ロバンソン)と離婚寸前だ。レダとこの地にやってきたラズロ(ベルモンド)は一家の娘エリザベス(ヴァレリー)と婚約中だが、そのあまりの傍若無人なふるまいに、テレーズは、激怒する。やがて一家とラズロたちが食卓を囲んだ折、家政婦のジュリー(ラフォン)が絞殺されたレダの死体を発見する。犯人は誰か? 登場人物が限られているので、犯人当ての興味はさほどわかないが、カラー撮影による田園風景の美しさとフラッシュバックを駆使した展開は見所十分で、当時としてはかなり斬新なスリラー映画となった。アンリと息子リチャード(ジョスラン)の回想をはさみ、犯行前後の時間域を微妙にずらせたりだぶらせたりすることによって、殺人事件の多重性が見事に浮かび上がる。この手法は、ヒッチコックが『ハリーの災難』(56)でこころみているが、シャブロル版はそれをより進歩させた発展型といったところだ。犯人が殺人に至る動機が、明快ではなく極めて抽象的かつ観念的なのも、従来のカタルシス先行型のスリラーと一線を画す新しさがある。ただラズロが突然探偵になり、あっという間に犯人のめぼしをつけ、犯人を追い詰め自白させるという性急な展開は、いかに彼が企画外の行動派とはいえかなり唐突な感はぬぐえない。この辺は、基本的にシナリオの問題であろう。レリチャードが和風(あくまで彼らが考えた和風である)に設えられたレダの部屋を見ているうちに、彼女に対する殺意をより喚起させられるというシーンは、美術で彼のゆがんだ心理を表現しようとしたシャブロルならではの野心的試みで、かなりの効果をあげている。役者はそれぞれ一癖ありそうなシャブロル好みのキャラクターが揃っているが、中でもジャン=クロード・ブリアリの代役で出演した当時無名のベルモンドが、ブルジョワ一家に波風を立てる起爆装置的役柄で異彩を放つ。ベルモンドは、同年ゴダールの長編第一作『勝手にしやがれ』(59)に主演し、一躍ヌーヴェル・ヴァーグが生んだ大スターとなる。
(点)70点


第1位**********

<ユペールVSボネール>
『沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇』 (95・仏、独)カラー 111分
La ceremonie

(監督・脚色・台詞)クロード・シャブロル
(脚色・台詞)カロリーヌ・エリアシェフ
(原作)ルース・レンデル(「ロウフィールド館の惨劇」より)
(撮影)ベルナール・ジゼルマン
(音楽)マチュー・シャブロル
(編集)モニク・ファルドゥリス
(美術)ダニエル・メルシエ
(録音)ジャン=ベルナール・トマソン、クロード・ヴィヤン
(衣装)コリーネ・ジョリー
(製作)マリン・カルミッツ

(出演)イザベル・ユペール、サンドリーヌ・ボネール、ジャクリーン・ビセット、ジャン=ピエール・カッセル、ヴィルジニ・ルドワイアン、ヴァランタン・メルレ、ジュリアン・ロシュフォール、ドミニク・フロティ、ジャン=フランソワ・ぺリエ、アンリ・アタル

(評)シャブロル&ユペールの強力コンビに『冬の旅』(85/アニエス・ヴァルダ)、『愛の記念に』(83/モーリス・ピアラ)などで見事な存在感を示した、当時若手NO・1の演技派サンドリーヌ・ボネールが加わった犯罪ドラマの傑作。フランス片田舎のジャクリーン・ビセット、ジャン=ピエール・カッセル夫妻のブルジョワ家庭にサンドリーヌ・ボネールは、家政婦として雇われる。無口で陰気な彼女だが掃除や料理を完璧にこなし、一家も彼女に優しかった。しかし彼女には失読症(Learning Disability/ 脳の障害で文章を読んだり書いたりできない病気)であるという家政婦としては致命的な病気を隠していた。そのため一家の親切が、彼女をどんどん追い詰め、遂には一家をみな殺しにしてしまう。失読症のためテレビを娯楽と情報収集の唯一の手段として食入るように観るシーンは、彼女の心の闇を垣間見せる一瞬である。彼女を一家惨殺に駆り立てる起爆装置として町の郵便局員イザベル・ユペールがからんでくる。過去にユペールは自分の子供をボネールは自分の父親を殺害した容疑をそれぞれかけられたことがあり、二人は一種の共犯幻想により結びつきを深める。ここではあえてお互いの殺人の真実を明らかにしないことによって、観客の不安感を増幅させることに成功している。クライマックス、遂に失読症であることがばれ、くびになったボネールがユペールと共に屋敷に荷物を取りに行くと、一家は居間で横一列に仲良く座って、モーツアルトのオペラ「ドン・ジョヴァン二」のテレビ放映に見入っている。大音響で物音が聞こえないのをいいことに二人は、夫婦のベッドを汚し、夫人の豪華なドレスを切り裂く。この後、居間でオペラ鑑賞に夢中のブルジョワ一家を、二階の廊下から二人が見下ろすシーンの悪魔的な緊迫感が素晴らしい。この時、観覧車から下界を見下ろした『第三の男』のハリー・ライムが舞い降りたのかもしれない。狼藉がエスカレートした二人は、ライフルで一家を次々に射殺する。ここは惨殺といっても、血潮が派手に飛び散るわけではなく、どちらかと言えば淡々と殺人が行なわれ、それがかえって殺伐とした印象を与える。この後、どんでん返しがあるのだが、それを余韻など無視し何とエンド・クレジットにねじ込んだシャブロルの力技には驚かされる。それにしても主演の二人ユペールとボネールは、彼女たち以外にはこの役を演じ切れないと思えるほど本当にうまい。シャブロル先生もさぞ演出しがいが、あったことだろう。
(点)80点

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michelin.jpg

Michelin guide東京 2009
発行所=日本ミシュランタイヤ
発売所=日販アイ・ピー・エス 
2,415円(本体2,300円+税) 
2008年11月 
判型 B40
ISBN  9784904337011

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東京のレストラン 2009
ザガットサーベイ
発行所=CHINTAI 
1,785円(本体1,700円+税)
2008年10月 
判型 A5 
ISB9784925115209

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東京最高のレストラン 2009
発行所=ぴあ 
1,575円(本体1,500円+税)
2008年11月
判型 B6
9784835617190 

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本名、工藤公一。北海道倶知安町生まれ。少年時代、その頃では珍しかったテレビが家庭にあり、大量の映像に触れる。力道山時代の日本プロレス・大瀬康一主演の「月光仮面」「隠密剣士」、松山容子主演の「琴姫七変化」などが当時のお気に入りだった。映画の最初の記憶は幼稚園の頃に観た藪下泰司監督の『こねこのらくがき』(57.短篇)。19歳で上京、文芸座・並木座・大塚名画座・フィルムセンターなどで邦画・洋画問わず新旧の映画を浴びるように観まくる。
 20代後半、“シネマトグラフ"という同人誌の創刊にかかわり、映画評論家としてキネマ旬報・ぴあなど様々な媒体に寄稿する。この頃からダーティ工藤と名乗るようになる。'02年には故工藤栄一監督の聞き書きをまとめた「光と影 映画監督工藤栄一」をワイズ出版より上梓。'04年には俳優丹波哲郎氏の膨大な聞き書きを6年かけてまとめた「大俳優 丹波哲郎」を上梓する。
 映画は'77年、仲間と作った8ミリ映画『マッド・ハンター 恐怖の追撃』を初監督。長いブランクの後、'99年、自伝的カルトムービー『縄文式』をBOX東中野にてレイトショー公開、同年シネ・ヌーヴォ梅田にて公開。'00年、シニカルな連続殺人もの『殺人無頼帖』をアップリンクファクトリーにて限定公開。'01年には『縄文式』の続編『縄文式2』を中野武蔵野館にてレイトショー公開。'06年『ふたつの女』、『東陽片岡のあま~い生活』がポレポレ東中野にてレイトショー公開。大阪では第七芸術劇場にてレイトショー公開。
 2007年、新作映画『東陽片岡のルサンチマン』を完成。
2008年1月12日~25日まで、旧作特集と共にアップリンクXにてレイトショー公開
大阪では2月9日~22日まで旧作2本立てグラインドハウス形式でロードショー。
現在、故石井輝男監督のドキュメント映画『石井輝男映画魂』を準備中。
新作映画本として『新東宝大蔵時代大全』を準備中。
日本映画監督協会会員。

ブログ ダーティ工藤の映画的生活http://blog.livedoor.jp/dkp123/
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ダーティ工藤の映画的生活 1 ダーティ工藤 

そろそろ年末の風情が漂ってまいりました、年末と云えば「寅さん」もう新作を見ることは出来ませんが、ダーティ工藤の映画的生活より再編集「勝手に寅さん映画ランキング」をお贈りいたします。
ダーティ工藤氏の採点に、編集部のマドンナ好みを加味いたしましての、勝手にオススメランキングです。


■どーんと18位から始まります

<笛の音>

第18位

『男はつらいよ 寅次郎紙風船』

(81・松竹)カラーワイド 101分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)朝間義隆
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)出川三男
(編集)石井巌
(助監督)五十嵐敬司
(企画)小林俊一
(製作)島津清、佐生哲雄

(出演)渥美清、倍賞千恵子、音無美紀子、岸本加世子、前田吟、下條正巳、三崎千恵子、太宰久雄、佐藤蛾次郎、吉岡秀隆、笠智衆、小沢昭一、犬塚弘、前田武彦、東八郎、地井武男、杉山とく子、関敬六、谷よしの

(評)今回のマドンナは、テキヤ仲間カラスの常(小沢昭一)の女房光枝(音無美紀子)。寅は旅先で常が病気と聞いて見舞いに寄るが、帰り道で送ってくれた光枝に「もう長くない」と聞かされる。一本道をらむせび泣きながら帰る光枝を、寅が何とも言えぬ表情でジーッと見送るシーンは、ふたりの複雑な出会いと不幸な別れを暗示しているかのようで印象深い。実はその前に寅は常から「俺が死んだらあいつをお前の女房にしてくれ」と頼まれており、その時は冗談めかして聞いていたのだが、光枝が東京に出てくるにおよんで俄然真実味が増してくる。寅は光枝の泣き声が「笛の音に聞こえた」とのろけ、例によって結婚妄想を開始する。だが寅は光枝が真剣だと悟るに及んで、前作同様またしても逃げ腰となり、結局まとまる話もまとまらなくなってしまう。光枝は寅以上に極道もんの亭主の女房を勤め上げた女である。ある意味、リリー以上に寅に相応しい女房は彼女なのではないかと思う。それだけに、寅のいつもながらのへタレぶりというか愚行には、いつも以上に腹が立つというか情けなく思ってしまうのだ。光枝を演じる音無美紀子が、テキヤの女房を好演しているのも手伝ってフッと、彼女と寅には一緒になって幸せになってほしいなぁと思ってしまったのだ。あとサブキャラだが、旅先で寅の舎弟のようになる家出娘愛子(岸本加世子)の配し方も良く、彼女と寅の笑顔で終わるラストも後味がいい。

(点)70点 


<甘露じゃの~>

第17位


『男はつらいよ 寅次郎と殿様』

(77・松竹)カラーワイド 99分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)朝間義隆
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)出川三男
(編集)石井巌
(殺陣)足立怜二郎
(企画)高島幸夫、小林俊一
(製作)島津清

(出演)渥美清、倍賞千恵子、真野響子、嵐寛寿郎、三木のり平、前田吟、下條正巳、三崎千恵子、太宰久雄、佐藤蛾次郎、中村はやと、笠智衆、吉田義夫、寺尾聰、平田昭彦、岡本茉莉、斉藤美和、谷よしの、露木幸次、上條恒彦<友情出演>

(評)今回はタイトルからも分かるように、マドンナよりも殿様を演じるアラカンこと嵐寛寿郎と寅の共演がフューチャーされている。アラカンの全盛時代を知るオールドファンには、特に楽しい内容となっている。愛媛県伊予大洲に続く藤堂家の殿様(アラカン)が、寅が落とした5百円札を拾ったことから寅と知り合いになる。寅はお礼にラムネをご馳走すると、アラカンが「甘露じゃの~」と浮世離れした感想をいうのがおかしい。寅はそのままアラカンの屋敷に招待されるのだが、そこの執事を演じているのが三木のり平で、アラカン、のり平、渥美という豪華な組み合わせが見られるのはこの作品だけの贅沢といえよう。殿様は寅に身分違いの結婚をしたため勘当した息子が死んでしまった。今は深く後悔しており息子の嫁に直接会って詫びたいので捜してくれと頼む。例によって安請け合いをした寅だが、東京に住む鞠子ということしか手がかりがなく、さくらたちを散々悩ませるが、ひょいとその鞠子がとらやを訪ねてくる。実は彼女は大洲で寅と知り合った娘であった。ここから寅がマドンナに片思いをするいつものパターンとなるのだが、今回はアラカンが主役なので義父と義娘の物語が全面に押し出されている。再会したふたりが夕陽の荒川土手を連れ立って去っていくシーンが美しい。晩年のアラカンは往年を知るものにとっては、必ずしも恵まれたキャリアとは言えないが、本作はまごうことなき晩年の代表作と言えよう。我らがアラカンを厚遇してくれた山田組のスタッフ、キャストに感謝だ。

(点)70点


<備前高梁>

第16位

『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』

(83・松竹)カラーワイド 105分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)朝間義隆
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)出川三男
(録音)鈴木功、松本隆司
(照明)青木好文
(編集)石井巌
(助監督)五十嵐敬司
(企画)高島幸夫、小林俊一
(製作)島津清、中川滋弘

(出演)渥美清、倍賞千恵子、竹下景子、前田吟、下條正巳、三崎千恵子、太宰久雄、吉岡秀隆、佐藤蛾次郎、笠智衆、松村達雄、中井貴一、杉田かおる、レオナルド熊、あき竹城、長門勇、関敬六、人見明、石倉三郎、梅野泰靖、穂積隆信、八木昌子、マキノ佐代子、大杉侃二郎、谷よしの、岡島艶子、森口遥子、森山徹

(評)第8作『男はつらいよ 寅次郎恋歌』(71)に続き久々に博の父の故郷岡山県備前高梁が舞台となる。博の父役の志村喬はこの映画の前年82年に亡くなっており、志村への追悼の意味も込めて本作品を企画したのかもしれない。墓参りに立ち寄った寅は、墓地を管理する寺の和尚(松村達雄)の娘朋子(竹下景子)に一目惚れ。ひょんなきっかけから納所坊主という坊主の代理をやることになるが、そこはタンカ売で鍛えたトークで地元の檀家には大好評。墓参りへやっきた博とさくらは、坊主になっている寅にびっくり。やがて寅が婿養子に入り朋子と結婚し寺を継ぐのではないかという噂が出始める。噂の出所はカメラ屋で、演じる長門勇が得意の岡山弁で笑いを誘う。そんな噂も当然耳に入っている和尚は、風呂に入りながら外で薪をくべている朋子に寅との結婚の話をする。だが、いつの間にか寅が来ており耐えかねた朋子は逃げてしまう。和尚はある予感がして窓を開けると寅と目が会う。ここでふたりが、「あっ」「あっ」とお互い二回ずつ驚く間が絶妙で、渥美と松村の長い共演の歴史を感じさせる爆笑名シーンであった。このあといたたまれずに逃げるようにとらやへ帰った寅を追うように朋子がやってくるのだが、例によってへタレの寅はおとぼけで逃げの一手。半ばあきれて岡山へ帰る朋子を柴又駅で見送った寅は、さくらに自嘲気味に「へへ、というお粗末さ・・・」というのだが、ここまでくるといかにシリーズを続けさせるためとはいえ無理があるというか腹立たしくなる。それほど竹下景子のマドンナ役はいい感じだったのである。それは山田監督もそう感じたようで、この後も役名を変えて2度も登場する。今回はストーリーの大半が備前高梁で展開しとらやのパートが少ない異色作だがシナリオがよくポイントを押さえており、竹下景子、松村達雄、長門勇らの好演もあり久々の快作に仕上がっている。

(点)70点


<「あたし、来ちゃった」>

第15位

『男はつらいよ 寅次郎恋やつれ』

(74.松竹)カラーワイド 104分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)朝間義隆
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)佐藤公信
(録音)中村寛
(照明)青木好文
(編集)石井巌
(スクリプター)長谷川宗平
(監督助手)五十嵐敬司
(企画)高島幸夫、小林俊一
(製作)島津清

(出演)渥美清、倍賞千恵子、吉永小百合、宮口精二、松村達雄、三崎千恵子、前田吟、太宰久雄、佐藤蛾次郎、中村はやと、笠智衆、高田敏江、小夜福子、高橋基子、泉洋子、吉田義夫、武智豊子、光映子、石原昭子

(評)第9作『男はつらいよ 柴又慕情』(72)の続編というシリーズ初のこころみで、マドンナの吉永小百合が再登場する。続編のいいところは、前回でマドンナのキャラクターやシュチュエーションの紹介が済んでいるので、ストーリーをより深く掘り下げられることだろう。そんなわけで今回は、前回では紹介程度であった歌子(吉永小百合)と厳格な父(宮口精二)との関係が、ほぼメインテーマとして語られる。最後は大方の予想通り父と娘の涙の和解でめでたしめでたしとなり、勿論寅もそれに大きく関与しているのだが、その分寅の恋物語はかなり脇へ追いやられてしまった。この辺はシリーズも終盤になり、成人した満男のために自分の恋はさておき、恋のキューピットとして奮闘する寅の萌芽が見られる。吉永は前作の固さが取れて彼女らしい真摯なキャリアウーマンを生き生きと演じてかなり魅力的である。特に死んだ夫の実家を飛び出し、とらやへやってきて寅と再会し「あたし・・・きちゃった」とちょっとはにかみながら言うシーンがいい。吉永のつぶらな瞳がキラキラと輝き、こりゃ寅ならずとも惚れちまうな。尚、二代目おいちゃん役の松村達雄は本作が最後で、ショートリリーフながら、初代おいちゃん森川信の後釜という難しい役どころを実に無難に乗り切ってくれた。松村はおいちゃん役としては最後だが、違う役どころでこの後も登場するのが嬉しいねェ。

(点)70点

■マドンナの真打早くも登場

<松岡清子>

第14位

『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』


(73・松竹)カラーワイド 99分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)宮崎晃、朝間義隆
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)佐藤公信
(録音)中村寛
(照明)青木好文
(編集)石井巌
(スクリプター)堺謙一
(監督助手)五十嵐敬司
(企画)高島幸夫、小林俊一
(製作)島津清

(出演)渥美清、倍賞千恵子、浅丘ルリ子、松村達雄、三崎千恵子、前田吟、太宰久雄、佐藤蛾次郎、笠智衆、中村はやと、吉田義夫、織本順吉、中沢敦子、成田みるえ、江戸家小猫、北原ひろみ、毒蝮三太夫

(評)今回はマドンナ中のマドンナ、リリー松岡(本名、松岡清子)こと浅丘ルリ子が初登場する。彼女は本作の好演を受けて、第15作『男はつらいよ 寅次郎相合傘』(75)、第25作『男はつらいよ ハイビスカスの花』(80)、そして第48作の最終作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』(95)と以上計4回というマドンナとしては最多登場を果たしている。リリーが他のマドンナと全く違うのは、彼女はドサ回りの歌手という寅と同様根無し草だということだ。したがって寅としては憧れではなく同志としてのシンパシーを持っている。ただ惚れマニアの寅としては、当然の如くリリーに恋してしまい、彼女も憎からずというよりも惚れており、いわば相思相愛なのだが、お互い自分の中のつまらないエゴイズムのために幸福なる帰結をみすみす逃してしまうというのが、寅とリリーの長い恋物語なのである。ここでは本名や実母を含めたリリーのプライベートも描かれており、彼女がとらやという帰る場所のある寅と違って、真の意味での根無し草であることがよくわかる。だからこそ深夜寅に会いにとらやに泥酔してやってくるが、寅に「ここは堅気の家だから静かにしてくれ」と言われてしまい「寅さんなんか大嫌いだよ!」と飛び出して行くシーンは、彼女の絶対的な孤独感がひしひしと伝わってくる名シーンであった。あとリリーと寅が始めて会うのが、旅先の北海道網走の港というのもムードがあってよかったね。

(点)70点


<「リリー、俺と所帯持つか」>

第13位

『男はつらいよ ハイビスカスの花』


(80・松竹)カラーワイド 104分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)朝間義隆
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)出川三男
(録音)鈴木功、松本隆司
(照明)青木好文
(編集)石井巌
(スチール)長谷川敬司
(助監督)五十嵐敬司
(企画)高島幸夫、小林俊一
(製作)島津清

(出演)渥美清、倍賞千恵子、浅丘ルリ子、前田吟、下條正巳、三崎千恵子、太宰久雄、佐藤蛾次郎、中村はやと、笠智衆、江藤潤、新垣すずこ、金城富美江、間好子、伊舎堂正子、伊舎堂千恵子、一氏ゆかり、光石研、比嘉美也子、谷よしの

(評)『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』(75)以来、浅丘ルリ子の松岡リリーが3度目の登場。今回は最初から最後まで寅とリリーが出ずっぱりで、仮同棲までしてしまうという通常シリーズをスピンアウトしたような構成がうまくはまった内容となった。旅先の沖縄で入院していると、とらやへ寅あてにリリーからの手紙が届く。折りよく帰っていた寅は、矢も盾もたまらず沖縄へかけつける。久々に再会した寅とリリーの喜びは、このふたりでなければ出せない幸福感にあふれている。退院したリリーと寅は、床は別にしてはいるものの外から見ると同棲状態のようになる。リリーは寅とこのまま所帯を持つことを希望しているが、こうなると元来のフーテン気質が邪魔してイキなタンカ売のようにはいかない。結局、業を煮やしたリリーがひとり東京へ帰ってしまい、寅も行き倒れになりながらもとらやへたどり着く。とらやで再びリリーと再会した寅は、思わず「リリー、俺と所帯持つか~」とつぶやくが、すぐに我に返り「俺、今、何か言ったかな?」ととぼけてしまう。これにはリリーもさくらも苦笑するしかない。この後、柴又駅から旅に出るリリーを寅とさくらが見送るシーンがいい。前夜の寅の発言に対する3人の微妙な心理の動揺をちらつかせながら、表面は平静を保っている様が短いシーンの中に的確に描写されており、寅とリリーの恋物語のひとつの帰結をしめしたような名シーンといえよう。だからこそラストに旅先で寅とリリーが再会するシーンは映画的な後味はいいものの、せっかくの駅での別れの名シーンをいささかだいなしにしてしまったような気がするのである。

(点)70点


<三船ちゃん>

第12位

『男はつらいよ 知床慕情』

(87・松竹)カラーワイド 107分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)朝間義隆
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)出川三男
(録音)鈴木功、松本隆司
(照明)青木好文
(編集)石井巌
(スチール)長谷川宗平
(助監督)五十嵐敬司
(企画)小林俊一
(プロデューサー)島津清、深澤宏

(出演)渥美清、倍賞千恵子、三船敏郎、竹下恵子、淡路恵子、前田吟、下條正巳、三崎千恵子、太宰久雄、吉岡秀隆、佐藤蛾次郎、笠智衆、美保純、すまけい、赤塚真人、油井昌油樹、イッセー尾形、マキノ佐代子、関敬六、笹野高史、冷泉公裕、出川哲朗

(評)今回も寅が煮え切らない男女の仲立ちをしてやるというルーティンワークながら、その男女が三船敏郎と淡路恵子というのがミソである。北海道知床の大自然をバックに三船演じる無骨な獣医が、淡路演じるスナックのママに、「惚れてる・・・悪いか」と彼なりの愛の告白をするのだが、それが実に様になっているのは不世出の大スター、三船敏郎の圧倒的な存在感に他ならない。『野良犬』(49・黒澤明)の若き三船と淡路の瑞々しい初共演への山田洋次なりのオマージュが、全編に渡って捧げられている。渥美と三船の共演は過去に、『太平洋の嵐』(60・松林宗恵)、『太平洋の翼』(63・松林宗恵)と2本あるが、渥美がまだ助演時代で大スター三船の共演というにはおこがましいものがあり、今回が最初で最後のがっぷり四つに組んだ本格的共演といえる。二人の共演ぶりは名優同士のあ、うんの呼吸というやつで、実に楽しく安心して観ていられる。寅の冗談に笑う三船の図など実にオツなもんである。ただ欲をいえば二人とももう少し若い頃に本格的共演をしていれば、文字通り火花散る共演ぶりが観られたのではないかとついつい妄想を走らしてしまう。前半のおいちゃんが入院して寅が店を切り盛りしようとするが、あまりの役立たずぶりに周囲があきれ返るエピソードも笑わせてくれる。シリーズ後半の代表作のひとつである。

(点)70点


シラノ・ド・ベルジュラック>

第11位

『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』

(82・松竹)カラーワイド 106分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)朝間義隆
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)出川三男
(編集)石井巌
(企画)小林俊一
(製作)島津清、佐生哲雄

(出演)渥美清、倍賞千恵子、田中裕子、沢田研二、前田吟、下條正巳、三崎千恵子、太宰久雄、吉岡秀隆、佐藤蛾次郎、笠智衆、内田朝雄、児島美ゆき、真淵晴子、殿山泰司、桜井センリ、朝丘雪路、アパッチけん(中本賢)、光石研、谷よしの、高城美樹、笠井一彦

(評)この映画での共演が縁で結婚したと噂される沢田研二と田中裕子のカップルを、寅が映画の中でも「シラノ・ド・ベルジュラック」よろしくサポートする華やかな一篇。最も自分の愛する女性を友情のためにあきらめ、友人の愛の成就のためにサポートするシラノの苦渋に満ちた心境を思うと、寅の場合はそれほど深刻ではないのかもしれない。ただ旅の出際に寅がさくらに「やっぱり二枚目はいいなあ・・・、ちょっぴり妬けるぜ」と言うのを聞くと、寅は寅なりに現実を噛み締めていたんだなとちょいと目頭が熱くなってしまう。口下手な二枚目を演じる沢田研二は、時々コントの寸劇をやっているように見えてしまうのは、志村けんとの爆笑コントが印象に残っているせいかもしれない。でもやはり恋に揺れる女心を独特のアンニュイな雰囲気で演じる田中裕子が、圧倒的に素晴らしい。演技の質は違うが、大竹しのぶに通じる女優としての芯を感じさせる。共演者を光らせてくれるタイプで、沢田も彼女とよっぽとウマがあったので一緒になったのだろう。彼女のマドンナで製作が予定されていた第49作『男はつらいよ 寅次郎花へんろ』を観たかったなぁ。

(点)70点

■10・9位は異色作品。

<「おちめだな~ぁ」>

第10位

『男はつらいよ フーテンの寅』

(70・松竹)カラー 90分
(監督)森崎東
(原作・脚本)山田洋次
(脚本)小林俊一、宮崎晃
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)佐藤公信
(録音)鈴木正男
(照明)青木好文
(編集)杉原よ志
(スチール)梶本一三
(企画)高島幸夫
(製作)上村力

(出演)渥美清、倍賞千恵子、新珠三千代、香山美子、森川信、三崎千恵子、前田吟、笠智衆、佐藤蛾次郎、太宰久雄、花澤徳衛、春川ますみ、野村昭子、悠木千帆、佐々木梨里、高野真二、晴乃ピーチク、晴乃パーチク、山本幸栄、左卜全

(評)山田洋次が多忙につきテレビ版のシナリオ・メンバーでもある森崎東が監督。同じ松竹でも、山田と森崎では資質が全く違う。端的に言えば言いにくいことをストレートに言うことに照れを感じ、屈折した物言いにダンディズムを感じているのが山田であり、その逆に言いにくいこともストレートに言うことによって乗り越えていこうとするバイタリテイをよしとするのが森崎である。本作でも基本的なストーリーのルーティンは踏まえながらも、寅を始め登場人物たちは実に言いたいことを言いまくり、ふてくさりまくるのだ。寅に対する周りの仕打ちも、本作では容赦ない。あえて逃げ場であるとらやのシーンを少なくしたのも、テキ屋としての寅の厳しい現実を描きたかったからだろう。山田洋次色一色となる前の過度期の一篇として、森崎東印を刻印した佳作である。

(点)70点


<テレビ版の味わい>

第9位

『新・男はつらいよ』

(70.松竹)カラー 92分
(監督)小林俊一
(原作・脚本)山田洋次
(脚本)宮崎晃
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)宇野耕司
(照明)青木好文
(編集)石井巌
(スクリプター)久保哲男
(企画)高島幸夫
(製作)斉藤次郎

(出演)渥美清、倍賞千恵子、栗原小巻、財津一郎、三島雅夫、横内正、森川信、三崎千恵子、前田吟、津坂匡章(秋野太作)、佐藤蛾次郎、太宰久雄、笠智衆、浜村純、佐山俊二、二見忠男、谷よしの、村瀬幸子、水木涼子

(評)山田洋次が多忙につき前作に続き監督がチェンジしている。今回はテレビシリーズ全26作を演出した小林俊一が抜擢され、映画監督デヴューを果たしている。ストーリーはテレビで好評だったエピソードが、映画用にうまくアレンジして使われている。特に「寅が競馬で一儲けしたがどうせすっちまったんだろう」という話をタコ社長の回想で聞かせておいて、お宝を持って意気揚々とタクシーで凱旋する寅につなげるという構成のおかげで、その後のとらやの人々のリアクションがべらぼうに面白くテレビ版より数段垢抜けて大笑いさせられる。小林が過不足なく監督していることもあり、渥美清以下出演者の納まりもよく、テレビシリーズに一番近い雰囲気の作品に仕上がっている。また映画では財津一郎が泥棒役をやっているのだが、テレビ版の泥棒役佐山俊二が、ご近所のおっちゃん役でエピソードにからんでいるというキャスティングも楽しい。

(点)70点

■いよいよ、若尾文子・八千草薫の登場です

<名シーン中の名シーン>

第8位

『男はつらいよ 純情篇』

(71・松竹)カラーワイド 90分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)宮崎晃
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)佐藤公信
(装置)若林六郎
(装飾)町田武
(録音)中村寛
(調音)小尾幸魚
(照明)内田喜夫
(編集)石井巌
(スチール)堺謙一
(監督助手)大嶺俊順
(製作主任)池田義徳
(企画)高島幸夫、小林俊一
(製作)小角恒雄

(出演)渥美清、倍賞千恵子、若尾文子、森繁久彌、宮本信子、森川信、三崎千恵子、前田吟、笠智衆、太宰久雄、佐藤蛾次郎、松村達雄、垂水悟郎、北竜介、大杉侃二郎、大塚君代、城戸卓、水木涼子、谷よしの、山本光栄、竹田昭二、みずのあき久、市川達己、長谷川英敏、源勇介、松原直、高木信夫

(評)本作ぐらいから松竹が本腰をいれてシリーズに肩入れし出したので、前5作よりも製作条件はよくなり、キャストもマドンナに若尾文子そして森繁久彌まで出演するという豪華版である。作品もそれにともない山田作品らしいしっとりと落ち着いた作品に仕上がっている。長崎の五島での導入部の人情譚のシークエンスで、森繁久彌が登場し渥美とからむのだが、これがさすがというか当然というか実に味わい深い。森繁をひとつの目標にしていたという渥美だけに、芝居が生き生きとしているし、それに答える長崎弁?の森繁もいいねェ。実に贅沢な導入部のあとは、望郷の念にかられた寅が柴又へ帰ってみると、自分の部屋は誰かに貸しており、怒り心頭するものの、下宿人が美女若尾文子と知ると、あっというまにひとめ惚れするというパターンは、第4作と全く同様というのは本格的なシリーズ化の証ともいえる。だが本作を特に忘れ難いものにしているのは、ラスト近くの柴又駅での寅とさくらの別れのシーンであろう。俺の文章力ではうまく表現できないので、本編をしっかり観てほしい。このシリーズが寅とさくらの愛情物語だというのが、良く分かる名シーン中の名シーンである。尚このあと急逝するおいちゃん役の森川信に代わり、2代目おいちゃんになる松村達雄が、森川おいちゃんと短いながら共演を果しているのがファンには興味深いことだろう。

(点)70点


<ラッキョウ>

第7位

『男はつらいよ 寅次郎夢枕』

(72・松竹)カラーワイド 95分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)朝間義隆
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)佐藤公信
(録音)中村寛
(調音)松本隆司
(照明)青木好文
(編集)石井巌
(スチール)堺謙一
(製作主任)池田義徳
(企画)高島幸夫、小林俊一
(製作)島津清

(出演)渥美清、倍賞千恵子、八千草薫、米倉斉加年、田中絹代、吉田義夫、清水将夫、武智豊子、三角八郎、松村達雄、三崎千恵子、前田吟、太宰久雄、津坂匡章(秋野太作)、佐藤蛾次郎、中村はやと、笠智衆、河村憲一郎、岡崎夏子、中田昇、江藤孝、長谷川英敏、羽生昭彦、村上猛、粟辻聰、笹原光子、安井真樹子、後藤泰子、谷よしの

(評)シリーズの記念すべき第10作目。今回の特徴は何と言っても、いつも手痛く振られ続けていた寅が、何とマドンナの方から告白されてしまうという真逆のパターン。シリーズのマンネリ化を杞憂してなのか、いきなりの荒業にでたがこれが見事に成功した。寅が一方的に惚れて最後の最後に振られてしまうというパターンは、シリーズを通じてのアウトラインなのだが、今回のようなマドンナの方から告白されて寅が尻込みしてしまうとうバージョンが出来てストーリーのバリエーションが豊になり、それとともに寅のキャラクターにより深みが増したのは大きい。今回のマドンナは八千草薫で、幼馴染の寅に「ラッキョウ」とからかわれているが、その美貌は歴代のマドンナの中でも1、2を争う美しさだ。彼女は大女優になれる逸材であったが、谷口千吉と結婚してからはプライベートを重視してか女優業にはあまり貪欲にとりくまなくなったようで、熟年以降はあまり代表作と呼べるものがなかったのはファンとしては残念である。本作のマドンナ役はそれほど評判になったわけではないが、彼女の芯の強さとさりげない優しさと美しさが良く出た後期の代表作だと思う。前半、旅先の寅と触れ合う旧家の奥様役で田中絹代が出演しているが、セリフまわしから佇まいまで完璧で、短い出演ながらさすが大女優という貫禄を見せて作品に風格を与えた。

(点)70点


<おいちゃ~ん>

第6位

『男はつらいよ 寅次郎恋歌』

71.松竹)カラーワイド 114分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)朝間義隆
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)佐藤公信
(録音)中村寛
(調音)小尾幸魚
(照明)内田好夫
(編集)石井巌
(監督助手)五十嵐司
(製作主任)池田義徳
(企画)高島幸夫、小林俊一
(製作)島津清

(出演)渥美清、倍賞千恵子、池内淳子、志村喬、森川信、三崎千恵子、前田吟、笠智衆、太宰久雄、中村はやと、梅本泰靖、穂積隆信、吉田義夫、岡本茉莉、中沢祐喜、谷村昌彦、上野綾子、山本豊子、中村昇、志馬琢也、村上記代、秩父晴子、大杉侃二朗

(評)ここでは”りんどうの花”のエピソードがストーリーの芯となっている。博の母親が亡くなり、博とさくらは実家の葬式へ向かうが、そこには何と寅が来ていた。寅は葬式が終わっても、ひとり身の博の父(志村喬)の話し相手として残る。そこで父が寅に”りんどうの花”の話をする。父が昔旅をして道に迷いようやく見つけた一件の家の一家団欒ぶりを庭に咲いているりんどうの花に見立てて、人間の真の幸福とは何であるかと諭した含蓄のあるお話である。イメージ映像なんぞを出さずに志村喬の噛んでふくめるような語り口と、渥美の絶妙な受け答えがあってこその名シーンといえよう。この後柴又へ帰った寅が、この”りんどうの花”の話をおいちゃんたちにさも自分の話のようにするが、人生をそんな深く考えちゃいないおいちゃんたちが、さっぱり感動しないのが笑わせてくれる。この”りんどうの花”の話は、志村が柴又を訪れた時に、おいちゃんがおちをつけるといううまい展開になっている。おいちゃんを演じた森川信は、この映画の封切りを待たずして急逝し本作が最後の出演となってしまった。寅、さくらの次に重要なレギュラーはふたりととことんかかわりあうおいちゃんであり、それを演じる森川信なしにおいちゃんは考えられない。この後、ほとんど空気のような存在になっていく他の俳優の演じたおいちゃんを観ればその差は一目瞭然である。一応断っておくが、松村達雄と下條正己がダメな役者だと言っているのではない。あくまでも役柄の適合性の問題を言っているのだ。森川は舞台人なので映画はこれといった代表作にめぐまれなかったと思うが、晩年になってこのおいちゃん役に巡り合ったのは幸せだった。何しろテレビ時代からのレギュラーは、渥美以外は森川しかいなかったのであるから、渥美とのかけあいの見事さは何度見ても惚れ惚れしてしまう。例えばおいちゃんの寅に対する口癖である「ばかだねぇ~。」は、森川が言えばこそおかし味が出るフレーズであり、これは森川のためにもファンのためにも永久欠番ならぬ永久欠句にしてほしかったなぁ。極端な言い方をすれば真の意味での「男はつらいよ」は、森川の死とともに本作で終了したのかもしれない。本作を忘れ難いものにしているのは、もうひとつある。それは最初と最後にちょっとだけ出てくるどさまわり劇団と寅が触れ合うエピソードだ。吉田義夫演じる座長と看板役者役の岡本茉莉が、どさまわりの暗さなど微塵も感じさせない実に生き生きした演技で、寅と観客のモヤモヤを見事に吹き飛ばしてくれる。カラッと晴れ上がった青空の下、トラックの荷台に揺られながら去っていくどさまわり劇団と寅の実に楽しそうな様子に、思わずウルッときてしまうのは俺だけだろうか。

(点)75点

■とうとう大詰め

<播州龍野>

第5位


『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』

(76・松竹)カラーワイド 109分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)朝間義隆
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)出川三男
(録音)中村寛
(照明)青木好文
(編集)石井巌
(スクリプター)長谷川宗平
(助監督)五十嵐敬司
(企画)高島幸夫、小林俊一
(製作)名倉徹

(出演)渥美清、倍賞千恵子、太地喜和子、宇野重吉、岡田嘉子、下條正巳、三崎千恵子、前田吟、太宰久雄、佐藤蛾次郎、中村はやと、笠智衆、桜井センリ、寺尾聰、佐野浅夫、大滝秀治、水木涼子、榊原るみ<友情出演>

(評)寅が飲み屋で無銭飲食した老人と意気投合し、そのままとらやへ連れ帰る。老人は感謝するどころか傍若無人で、とらや一同はカンカン。だが実はその薄汚い老人は、日本画の大家、池ノ内青観(宇野重吉)と分かり一同ビックリ、という水戸黄門風なアレンジの導入部が快調で、宇野重吉のひょうひょうとした演技とあいまって一気に物語にひきこまれてしまう。やがて兵庫県播州龍野で寅は、当地に招待されて来ていた青観と再開し再び意気投合。ここで寅は今回のマドンナであるキップのいい芸者ぼたん(太地喜和子)とこれまた意気投合。太地喜和子のイキな芸者ぶりが実に魅力的で、出演がこれ一度きりというのが実に残念だ。ぼたんというのは他のマドンナのように寅があこがれるタイプではなく、同業者的気安さで付き合えるリリーに近いタイプである。それだけに身内的な思い入れが強く、ぼたんが虎の子の200万円をだまし盗られたと聞き、烈火のごとく怒り狂う。寅がここまで本気で怒るのは、おそらく最初で最後ではないかな。だが寅の最大のウイークポイントである金の問題では手も足も出ず、思い余って青観に200万円相当の絵を描いてくれれるよう頼むが、芸術家の青観は勿論断る。「金なら工面する」という青観に、「こちとら、たかりじゃねェやい」とキッパリ断る寅がカッコいい。金は欲しいが、あくまで気持ちの問題なのだ。だがマドンナを失意のまま映画を終了させるわけにはいかない。ラスト、再び龍野を訪れた寅はひとこと慰めようとぼたんを訪ねる。再会を喜ぶぼたんは寅に見せたいものがあるという。何とそこには、青観から送られた真っ赤なぼたんの花の絵が飾られていた。寅は「先生、すまねェ」と、醤油樽の上に乗っかって手を合わせるが、はて東京の方角が分からない・・・まわりがああだこうだ言っているうちに映画は終わっていく。こんなに幸せな気分を持続させたままで終わっていくというラストは、シリーズ屈指の素晴らしさである。あとちょいと前にソビエトから帰国したあの岡田嘉子が宇野の昔の恋人役で出演していて、さすがの貫禄ある演技と佇まいを見せてくれた。山田洋次は、田中絹代といい嵐寛寿郎といい往年のスター俳優の使い方撮り方をよく心得ている。その辺は松竹という会社の伝統なのかもしれない。

(点)75点


<寅の一人語り>

第4位

『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』

(75・松竹)カラーワイド 90分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)朝間義隆
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)佐藤公信
(録音)中村寛
(照明)青木好文
(編集)石井巌
(スクリプター)長谷川宗平
(監督助手)五十嵐敬司
(企画)高島幸夫、小林俊一
(製作)島津清

(出演)渥美清、倍賞千恵子、浅丘ルリ子、船越英二、下條正巳、三崎千恵子、前田吟、太宰久雄、佐藤蛾次郎、中村はやと、笠智衆、吉田義夫、岩崎加根子、久里千春、早乙女愛、村上記代、谷よしの、後藤泰子、光映子、宇佐美ゆふ、秩父晴子、米倉斉加年<友情出演>、上條恒彦<友情出演>

(評)リリーが第11作『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』(73)に続いて登場する。今回は函館で再開した寅とリリーに、蒸発した初老のサラリーマン兵頭(船越英二)が、くっついているのが面白い。個性の強い寅とリリーの潤滑油のような存在になっているのが兵頭の役目だ。3人の北海道珍道中は、シリーズの中でも屈指の楽しさで、観ているこちらまでハッピーな気分になってしまうほどだ。ハッピーなだけでなく、ここでは兵頭にもちょとした見せ場が用意されている。初恋の人を訪ねて彼女の経営する喫茶店を訪ねるが、彼女(岩崎加根子)は兵頭の顔を見てもそ知らぬ顔。ちょっと失望して店を出る彼に彼女が後から声をかける。実は彼女、彼が店に入ってきた時から、すでに分かっていたのだ。この辺のシナリオのひねり方は、さすがに山田、朝間コンビはうまい。演じる船越、岩崎も実に味がある。船越は前半のいい見せ場をもらったところで退場し、後半はとらやへ舞台を移して寅とリリーの不器用な恋物語がタップリと展開される。中でも寅が場末のキャバレーで歌っているリリーを憂いて、一人語りをするシーンが素晴らしい。寅の一人語りはシリーズを通して何度も出てくるが、本作が声のはりといい内容といい文句なしの出来ばえである。ある意味寅の一人語りは、マドンナに対する精一杯の愛の告白なのだろう。この寅の”一人語り”を”寅のアリア”などという呼称をつけている文章をここ2、3年よく目にするが、こんな気取った呼び方じゃ寅の不器用で純粋な心を表現するにはふさわしくないと思うけどな。この後、寅が自分の分がないのをガキのようにぶんむくれて、リリーにグーの根のでないほどたしなめられる”メロン騒動”があり、タイトルのムードタップリの相合い傘があり、最後はさくらがリリーに兄の結婚をお願いし、快くOKしたリリーだが、本人同士が対峙すると冗談で逃げてしまうという”結婚エピソード”ありと、今回の作品はいつになく盛りだくさんでそのわりには、上映時間が90分と実にタイトでテンポがいいのだ。映画ってのは、これぐらいの長さがベストだと思うな。出演者はみんな生き生きとしているが、特に浅丘ルリ子はリリーの役をしっかり自分のものにしたようで、さすがの渥美も度々かすむほどの素晴らしさだ。かくして寅とリリーの物語は、第25作『男はつらいよ ハイビスカスの花』(80)へと続くのだ。

(点)75点

■ベストリーの発表です!!

<Wさくら!>

第3位

『男はつらいよ 望郷篇』
70・松竹)カラー  88分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本・監督助手)宮崎晃
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)佐藤公信
(装置)小島勝男
(装飾)町田武
(録音)小尾幸魚
(調音)松本隆司
(照明)青木好文
(編集)石井巌
(製作主任)峰順一
(企画)高島幸夫、小林俊一
(製作)小角恒雄

(出演)渥美清、倍賞千恵子、長山藍子、井川比佐志、杉山とく子、森川信、三崎千恵子、前田吟、太宰久雄、笠智衆、佐藤蛾次郎、津坂匡章(秋野太作)、松山省二、木田三千雄、杉山とく子、谷村昌彦、大塚君代、谷よしの、光映子、山田百合子、高木礼美子、二宮順一、山本幸栄、石井愃一、大杉侃二郎、市川達己、尾和義三郎、高木信夫、高杉和宏、樫明男、みずのあき作

(評)シリーズ第5作。第3作、第4作の2作が山田洋次が『家族』の撮影などで多忙を極めて脚本のみの参加となったため、山田がメガホンを取り完結篇的な意味合いで締めくくるというのが、松竹の意向のようだったようである。ただ本作のヒットにより、次回より本格的なシリーズとして開始されるわけである。そういう意味で本作までは、テレビシリーズのダイレクトな影響もしくは残像が多々見られる。今回何と言っても特徴的なのは、テレビ版でさくらを演じた長山藍子と映画版のさくら役の賠償千恵子が、同一画面で夢の競演を果たすシーンであろう。テレビ版から観てきたひとには、特別に感慨深いシーンであった。長山藍子は正直なところ倍賞千恵子に比べると地味な印象はぬぐえないが、当時のテレビのスケール感を考えると実に等身大の親しみ深いさくらを演じていて、長山藍子のさくらはやっぱり得難いものがあった。今回はマドンナ役での出演だが、寅と彼女が縁側で語らうシーンのそこはかとなく漂う懐かしさと安心感は、テレビで共演してきたふたりの歴史を感じさせる名シーンであった。長山の他にもテレビ版のレギュラー陣が出演している。おばちゃん役を演じていた杉山とく子が、長山の母親役で、博士(テレビ版ではこの漢字だが、読み方は同じひろし)役を演じていた井川比佐志が長山の恋人役で出演している。テレビ版から観ているひとにはたまらないキャスティングであろう。内容の方も山田と宮崎晃による、笑いともに人生の無常までも垣間見せる無駄のない簡潔な脚本が冴えシリーズ屈指の一作となった。

(点)75点


<坪内散歩、夏子>

第2位

『続・男はつらいよ』

69・松竹)カラー  93分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)小林俊一、宮崎晃
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(美術)佐藤公信
(編集)石井巌
(企画)高島幸夫
(製作)斉藤次郎

(出演)渥美清、倍賞千恵子、ミヤコ蝶々、佐藤オリエ、山崎努、森川信、三崎千恵子、津坂匡章、太宰久雄、前田吟、笠智衆、佐藤蛾次郎、東野英治郎、財津一郎、風見章子、谷よしの、水木涼子

(評)第一作の思わぬヒットを受けて急遽製作された第二作である。第二作とは言っても、タイトルに『続』がついていることからも分かるように、この時点ではまだシリーズ化されるかどうかは決まっていなかったようだ。前作が8月の封切りで本作が同じ年の11月の封切りだから、かなりの突貫工事だったことがうかがえる。この辺は、製作前はほとんど期待されていなかった『網走番外地』(65・石井輝男)の思わぬヒットで急遽『続網走番外地』が製作され、人気シリーズに発展して行ったことを想起させる。何しろ突貫工事なので、映画用のオリジナルシナリオというわけにはいかなかったようで、内容のほとんどは前作同様テレビシリーズからの流用となっている。流用とはいっても巧みな脚色で映画風にうまくアレンジされており、タップリ笑わせて泣かせる見事なエンターテインメントとなっている。今回はテレビ版のマドンナであった佐藤オリエがマドンナ役坪内夏子を演じているせいもあり、渥美清の演技にも一段と熱が入り絶好調そのものである。テレビでも同じ役を演じた夏子の父で寅の恩師である坪内散歩先生役の東野英治郎がまたいい。寅と20年ぶりに再会するシーンでの深い人懐っこさ、生き別れの母親に会うように寅を説得するシーンの慈愛あふれる言葉と佇まいなど、どれをとっても絶品で東野英治郎のベスト演技のひとつだろう。マドンナ役の佐藤オリエも素敵だ。寅が最後に失恋することからも分かるように、寅に対しては男女の恋愛感情は一切ないのだが、陰になり日当になり寅を支えてくれるマドンナは、リリーと彼女しかいないだろう。リリーの場合は恋愛感情があったが、夏子の場合は人間愛なのだろう。ラスト、夏子が新婚旅行先の京都三条大橋で、喧嘩別れしていた母親と寅が連れ立っているところを偶然観かけ、心の中で死んだ父親に報告する。そして「でも、お父さんはもういないのね」と結ぶラストシーンは、夏子の優しさと悲しさが交差し、涙なしには観られないシリーズ屈指の名ラストシーンとなった。

(点)75点

■そして

<記念すべき第一作がこれだ!>

第1位

『男はつらいよ』

69・松竹)カラー  91分
(監督・原作・脚本)山田洋次
(脚本)森崎東
(撮影)高羽哲夫
(音楽)山本直純
(主題歌)”男はつらいよ”作詞:星野哲郎 作曲:山本直純 歌:渥美清
(美術)梅田千代夫
(装置)小野里良
(録音)小尾幸魚
(調音)松本隆司
(照明)内田喜夫
(編集)石井巌
(進行)池田義徳
(監督助手)大嶺俊順
(製作主任)峰順一
(企画)高島幸夫、小林俊一
(製作)上村力

(出演)渥美清、倍賞千恵子、光本幸子、笠智衆、志村喬、森川信、前田吟、津坂匡章(秋野大作)、佐藤蛾次郎、関敬六、三崎千恵子、太宰久雄、近江俊輔、広川太一郎、石島房太郎、志賀真津子、津路清子、村上記代、石井愃一、市山達己、北竜介、川島昭満、水木涼子、水野皓作、高木信夫、大久保敏男、米本善子、大塚君代、谷よしの、後藤泰子、秩父晴子、佐藤和子

(評)『男はつらいよ』の元は、フジテレビで68~69年に26回にわたって放映されたテレビシリーズだった。脚本は山田洋次と森崎東、演出はフジテレビの社員デレクター小林俊一だった。俺らのガキの頃のテレビのチャンネル件はオヤジにあったので、巨人ファンのオヤジのおかげでいつも「日曜洋画劇場」の前半が観れなかった。ただありがたいことに「男はつらいよ」に関しては、オヤジが渥美清のファンだたので、毎週観ることが出来た。昔はあんな嫌われ者の親戚がどこの家にも、ひとりやふたりは必ずいたので、妙な親近感を持って観ていた。テレビ版も映画同様人情譚なのだが、自分勝手で暴力的な寅さんがやけに恐かった記憶がある。このやたら暴力的というのが、テレビと映画の大きな違いで寅さんの職業がテキ屋ということからしても、その暴力性は際立っていた。この暴力性というのが非常に大切で、つまり無知で暴力的な主人公が、根底に持っている優しさがふとした拍子ににじみ出る瞬間に、人々は共感や感動を覚えるわけである。映画版の第一作は、テレビ版の暴力性をかなり残した味つけがされており、後年段々仏様のようになって行く寅さんと比べると愕然とするだろう。松竹としてはあくまでもプログラムピクチャーのひとつとしてしか考えていなかったらしく、急な撮影のためにキャスティングやスケジュールに苦労したようである。例えば後半のクライマックスであるさくらとひろしの結婚式に、何とおいちゃんが出席していないのだ。しかもそれに関する納得のいく説明がされていない。これなどは単純に森川信のスケジュール調整ができなかったが、撮影をずらすことが出来ずに強行した結果であろう。だが、そんな細かいことはどうでもいいのだ。飼いならされる前の渥美清という不世出の俳優を楽しめばいいのだ。とにかく渥美清が惚れ惚れするほど素晴らしい。山田洋次も頑張った。この頃の山田は屁理屈を言わずにバイタリティがあった。シリーズにならずこれ一作で終わっても、後年語り継がれる作品となったであろう。アンチ『男はつらい』シリーズのひとに観て欲しい一作である。

(点)75点 .


後藤久美子ちゃんはランキングならずでした、惜しい!
jinnseinitorasannwo.jpg    
 書  名 人生に、寅さんを。 
副書名 『男はつらいよ』名言集 
出版社 発行所=松竹 発売所=キネマ旬報社
税込価格1,260円(本体1,200円+税)
発行年月2008年10月 
判型  A5 
ISBN9784873763071

hikaritokage.gif 
書  名光と影 
副書名  映画監督工藤栄一
出版社発行所=ワイズ出版
著  者工藤栄一 ダーティ工藤
税込価格2,940円(本体2,800円+税)
発行年月2002年5月 
判型A5 
ISBN9784898301333 

本名、工藤公一。北海道倶知安町生まれ。少年時代、その頃では珍しかったテレビが家庭にあり、大量の映像に触れる。力道山時代の日本プロレス・大瀬康一主演の「月光仮面」「隠密剣士」、松山容子主演の「琴姫七変化」などが当時のお気に入りだった。映画の最初の記憶は幼稚園の頃に観た藪下泰司監督の『こねこのらくがき』(57.短篇)。19歳で上京、文芸座・並木座・大塚名画座・フィルムセンターなどで邦画・洋画問わず新旧の映画を浴びるように観まくる。
 20代後半、“シネマトグラフ"という同人誌の創刊にかかわり、映画評論家としてキネマ旬報・ぴあなど様々な媒体に寄稿する。この頃からダーティ工藤と名乗るようになる。'02年には故工藤栄一監督の聞き書きをまとめた「光と影 映画監督工藤栄一」をワイズ出版より上梓。'04年には俳優丹波哲郎氏の膨大な聞き書きを6年かけてまとめた「大俳優 丹波哲郎」を上梓する。
 映画は'77年、仲間と作った8ミリ映画『マッド・ハンター 恐怖の追撃』を初監督。長いブランクの後、'99年、自伝的カルトムービー『縄文式』をBOX東中野にてレイトショー公開、同年シネ・ヌーヴォ梅田にて公開。'00年、シニカルな連続殺人もの『殺人無頼帖』をアップリンクファクトリーにて限定公開。'01年には『縄文式』の続編『縄文式2』を中野武蔵野館にてレイトショー公開。'06年『ふたつの女』、『東陽片岡のあま~い生活』がポレポレ東中野にてレイトショー公開。大阪では第七芸術劇場にてレイトショー公開。
 2007年、新作映画『東陽片岡のルサンチマン』を完成。
2008年1月12日~25日まで、旧作特集と共にアップリンクXにてレイトショー公開
大阪では2月9日~22日まで旧作2本立てグラインドハウス形式でロードショー。
現在、故石井輝男監督のドキュメント映画『石井輝男映画魂』を準備中。
新作映画本として『新東宝大蔵時代大全』を準備中。
日本映画監督協会会員。

ブログ ダーティ工藤の映画的生活http://blog.livedoor.jp/dkp123/